心の支えとは何か?

生きることへの自信

【はじめは出来なくても当然、そこを乗り越えなければ】

「かくたつ播磨の信念」に

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 たとえ一つ覚えでもいい、自分自身に確実に心の支えになるものを、自分の努力で獲得したことがあるか
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という文章を引用した。
『美しい生き方に感動しよう』(著:鈴木健二)講談社+α文庫、p.82
<心の支え>とは何か、分かりづらいという感想をいただいたので、考えておきたい。
とにかく、引用した一文を印象的に覚えていて、どういうストーリーで書かれたものだったのか曖昧な記憶だったので、読み直してみた。
この本は長編ではなく、著者の経験を書かれた短編が集めた本である。
読み直して、驚いた。
引用した文章の短編の題名は『生きることへの自信』だった。
そして、書き出しは、
***
 信念ーー生きていく上での心の支えは、時として接する人にある種の共感や感動を呼び起こしながら伝わってくる場合があります。
 一人の人間がここに存在しているのだという実感が、こちらの心に湧いてきて、そうした人にめぐり会ったことを幸せに思い、またうれしくもなるものです。
 私にとって、彼もまた、そういう人の一人です。(p.66)
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『信念』という題名の文章を書こうとして引用した一文。
その文章を読み直してみると、その書き出しが『信念』だったのである。
<心の支え>って何?
その答えは、
<生きることへの自信>
だった。
 補足として、この一文の背景を書いておく。
(*『 』の部分は本からの引用)
 著者の鈴木さんは、旧制弘前高校に進学し、2年生と3年生の二年間、自治寮の委員長として活動していた。
 ある日、委員長・鈴木さんの部屋に、東谷くんという寮の給食の職員さんが訪ねてきました。
 東谷くんは、『いつもニコニコ笑っているため、本人はいたって真面目なのですが、どことなく一本抜けているような感じ』だった。
 そんな彼が、鈴木さんに勉強を教えてほしいと頼みます。
 東谷くんは、耳が悪くて、勉強ができなかった。その勉強をもう一度やり直したいと…何日も考えて、頼みに来たのでした。
 勉強をする日になると、彼はきっちりやってきました。
 しかし、勉強をしていても、『本当は聞こえていないのに、わかったようなふりをして、おじぎや笑いでごまかそうとする態度がありありと見え、いつもニコニコしているだけに、いっそう不憫に感じ』られました。
 音読と読書について話し合う課題として、尾崎紅葉の『金色夜叉』を選びました。
 『彼にとっては、それはマンガを除けば、まとまったものとしては初めて読む本だったのです。おそらく彼が知っている文字の範囲では、四苦八苦してゆっくりゆっくり読んでいったに違いありません。』
 それでも、彼は鈴木さんと顔を合わせるたびに「おもしろい」と言いました。
 声を出して読ませてみると、恥ずかしそうに、消え入るような声で、つっかえつっかえ読みました。
 『初めてのことは、誰だって最初からうまくできるものでもありません。しかし、なにごとも、初めからできないと決めてかかったのでは、永久にできるようにはなりません。そこを乗り越えなければ、劣等感は払拭できません。』
 鈴木さんは、『一つのことを成し遂げ、その成果をみんなの前で発表できれば、それが自信となって、劣等感が少しずつ消えていくのではないか』と考え、朗読を発表する機会をつくることにしました。
 自分にはとてもできないと尻込みしていましたが、『彼は暇さえあれば校庭に出て、寒さのなかで練習を繰り返し』ました。
 そして、彼は最後までやり遂げました。
 他の機会にも発表するほどになり、そのことによって、『ほんの一ミリずつながら、生きることへの自信を確実に獲得していった』のでした。
 それから二十年以上たったある日のこと。
 鈴木さんは、東京都内の百貨店での講演会に出るために、控え室にいました。
***
 突然、背後から声をかけられました。私は主催者側の人だろうと思い、「よろしく」と言葉を返し、振り返ってチラッと相手を見ただけで、また手元に目を落とそうとしました。
 しかし、次の瞬間、いかにもヌーッと現われたような、ずんぐりした、赤ら顔のその男に、私ははっとして目を奪われたのです。
 彼はもう目に涙をいっぱい浮かべ、言葉も出せない様子で、直立不動で立ちすくんでいました。
 「ひがし…たに、か?」
 そう言いながら、私は感動のあまり、全身に身震いが走るのを覚えました。
 「は、はい」
 私は椅子を跳ね飛ばすようにして立ち上がり、駆け寄って彼の肩に手をかけました。
 「東谷ー。どうしてここに?」
 「はい。今、このデパートのなかに店を出しているソバ屋につとめているっす」
 彼の言葉に、あの懐かしい津軽弁を耳にしました。
 持ち前の陽気な性格にもかかわらず、耳が悪いために、いつも片隅で一人ぼっちだった彼は、あれからしばらくして、「俺にだって生きていけるんだ」という自信を胸に単身上京し、ソバ屋の修業をはじめたのです。
 思いがけない久しぶりの再会のとき、もちろん彼はすでに家庭を持ち、一人前の料理人として、毎日ソバを湯がいていたのでした。
 東谷君のことを思うたびに、私は今も自問自答します。
 ーたとえ一つ覚えでもいい、自分自身に確実に心の支えになるものを、自分の努力で獲得したことがあるか、と。
(p.81~82)
***

かくたつ播磨

店主・守本 悠哉(社会福祉士・公認心理師)

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